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2023年1月5日 「究極の慈悲とはなにか」 妙好人因幡の源左から学ぶ 僧侶 名倉幹先生法話 53分

人間の森大学 仏教講座
 
「妙好人 因幡の源左」
 
■障子を破った子供を叱るように促すと
「じいさんや、子供が障子を破りよるがな、なして叱からんがやの」
それに対して源左さんは「子どものじぶんだから、今しか破るときはないだけのう・・・」
 子どもにとっては障子を破ることは、良いことでも悪いことでもない。ただ面白いから破っているだけのこと。
 障子を破ってはいけないというのは大人の理屈。子供から見ると、いわば大人の都合で言っているだけのことだ。子供にはなんの罪もないのだから叱る必要はないということ。
 サンマ焼いていると猫が取っていく。猫には人のものを盗ってはいけないという概念はない。ただ食べものがあるから、ただ取って食べているだけのこと。これも同じですね。
 先ずは自分の考え方や価値観で物事を見るのではなくて相手の気持ちや立場を考えてあげる。
 先ずは子どもを叱ったり恐れさせてはいけない。少なくとも叱る前に、なぜ破ってはいけないのかと説明することも必要だろう。
 厳しく叱る必要があることは、身に危険が及びそうな時、或いは人に危害を加えるような時。こういう場合は本気で叱ればいい。
 それ以外は、大らかな大きな愛情を持って見守ってあげる。
叱り続けて気の弱い子供に育ててはいけないということだろうか。
 
■酒を飲んでぐずる父にどう対処すればいいか
ある人から悩みの相談を受けた。
「うちのおやじさんはよう酒飲んだり。ぐずったり、私をどついたりする」どうしたらいいか。
 源左さんは、「なしたこといわんせ、誰が他人がぐずったりどついたりするかいのう。お前さんの親父やからこそ、ぐずったりどついたりするんやでのう。だから親父さんを大事にせいよのう」
 ぐずったり、どついたりする。それは身内やからできるということ。限度にもよるが、身内というのは切っても切れない間柄。腹が立っても親は親、その親なくして自分の存在はないということ。一人しかない親父、だからこそ、もっと大きな心と愛で受け止めてあげる。
 そしてなぜぐずるのだろうか、なぜどつくのだろうか。どうすれば治るのだろうか。その根本原因はどこにあるのだろうかと考えてあげる。 寄り添ってあげる。心配してあげる。そんな大きな心とやさしさで見守っていくことではないか。それが親子の縁というもの。親子の縁は切っても切れないもの。だから無条件に愛してあげる。これが慈悲ではないか。
 この話を聞いて今置かれている自分と重なった。我が家の父は寝たきりでトイレにも行けない。ご飯も食べさせてあげないと食べられない。母は被害妄想系の認知症で人の悪口を言い続けている。もちろん我々息子たちや兄弟にも・・・。まさに、なんとかならないものかと、介護の負荷と共に悩みは続く・・・。
 しかし、この源左さんの言葉を聞いて、なんかすっきりしたというか、ほっとしたというか、理解できた気がする。
 無条件に受け入れてあげようと。だって親子ですからね。仏教を学ぶことで少しでも人間らしい気持ちが呼び起こされている気がする。
 
川人正臣

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